2020年11月16日月曜日

11月12日(木)6年修学旅行① ~平和集会・他

 11月12日(木)~13日(金)雲一つない澄みわたる青空が広がる秋晴れの下、6年生の長崎修学旅行が行われました。今回の修学旅行は、いつもと違い、コロナ対策による様々な行動制限がなされての実施となりましたが、6年生全員の頑張りによって、素晴らしい修学旅行となりました。

 修学旅行中の子ども達の活動の様子について、4回に分けて紹介します。


 9時10分頃、平和公園に到着。長崎の空も澄みわたるさわやかな青空がいっぱいに広がっています。平和祈念像の前で記念写真を撮り、平和集会を行うため、みんなで爆心地公園へ向かいました。
 爆心地公園へ到着。ここは、今から75年ほど前の1945年8月9日11時2分、原子爆弾が落とされた場所です。一瞬で長崎市民の7万人超の人が亡くなりました。今年は、この爆心地公園で、平和集会を行うことにしました。
 まず、みんなで、平和への誓いの言葉を言いました。一人一人が慰霊碑に向かって「平和」へのメッセージを力強く言いました。
 そして厳粛な中、一礼して、みんなで作った千羽鶴を、平和への祈りを込めて捧げました。
 千羽鶴を慰霊碑に捧げた後、みんなで「青い空は」を合唱しました。「♪青い空は青いままで、子どもらに伝えたい。全ての国から戦(いくさ)の火を消して、平和と愛と友情の命の輝きを、この堅い握手と歌声に込めて、歌声に込めて♪」33名が力強く歌い上げました。
 今では、原爆による犠牲者は18万人を超えています。この天国へ行った十数万人の犠牲者の皆さんへ、6年生の歌声がしっかりと届いたことだと思います。素晴らしい合唱でした。
 合唱後、平和への祈りを込めて、千羽鶴を奉納しました。
 奉納後、1分間の黙祷を全員で捧げ、平和集会が終了しました。さすが6年生、素晴らしい平和集会でした。
 平和集会が終わり、みんなで原爆資料館へ行きました。らせん状の通路を通って、展示会場に向かいます。いよいよ平和学習のスタートです。
 そう言えば、会場に入る前に、検温チェックがありました。これは、最新のサーモグラフィー検温チェックシステムです。モニターを覗くとマスクチェックと体温が画面に映し出されます。熱があるとアラームが鳴ります。すごいですね。
 入口から入ると、原爆が投下された直後の長崎の街の惨状が再現されていました。原爆の破壊力や恐ろしさが伝わってきます。
 長崎の街の模型上に、モニターによって原爆が投下された様子が映し出されています。原爆が投下された時の爆風や熱線、火災などの広がりがよく分かりました。
 長崎型原爆(ファットマン)の実物大模型です。長崎型原爆は、周りの火薬でプルトニウムを核分裂させたと記してありました。子ども達も、しっかりとメモを取っていました。
 熱線による被害がよくわかる物がたくさん展示してありました。原爆の威力、そして、恐ろしさがあらためて伝わってきました。子ども達も、これらの展示物に目が釘付けとなっていました。
 原爆資料館での見学が終わった後、みんなで片足鳥居を見に行きました。この鳥居は山王神社の参道にある鳥居で、もともと4つの鳥居があったそうですが、原爆による爆風で、この一本柱の鳥居だけが残ったということでした。被爆を乗り越え、今でもバランスよく立ち、参道を行き交う人たちを見守っています。
 片足鳥居をくぐった先の参道に、倒壊したもう片方の鳥居が倒れたまま置いてありました。子ども達も神妙な面持ちで倒れた鳥居を見ていました。
 参道を通って、山王神社へ行きました。子ども達は、ここでも平和への誓いを立てました。
 山王神社の入口には、原爆によって被害を受けた2本の被爆クスがありました。この大きなクスの木は、樹齢500年以上と言われています。75年前、原爆によって幹が焼かれ、葉も燃え尽きたそうですが、再び芽吹き、幹に大きな傷を残しながら今も元気に栄えています。このたくましい生命力は当時の長崎市民を大いに勇気づけたそうです。また、長崎出身シンガーソングライターの、福山雅治さんがこのクスノキの歌を歌っていることでも有名です。ユーチューブで視聴してみてください。
 クスノキの大きな樹洞(木の穴)を覗きました。樹洞からは、クスノキ独特の強い匂いがしてきました。子ども達は、クスノキが今もたくましく生きている証を感じ取りました。
 山王神社から爆心地公園へ戻ってきました。午前中の活動が終わり、お弁当をみんなで食べました。天気も良く、心地よいさわやかな風が吹いていました。会話も弾み、ゆっくりとした時間をみんなで過ごしました。